まほプリ49話、本編上では事実上の最終話という形でしたね。
この辺に関して、プリキュアシリーズを扱っている感想レビューサイトでも『最終話的なエピソード』であるのではと結構多く取り上げられたブログ・サイトでも語られていましたが、確かにまほプリ本編的には最終話という形でした。
終盤辺りに、
大人になったみら・リコ、そして…元の姿に戻ったモフルン。
前作ゴープリでもあった『プリキュアの役目は果たしたので、お役目御免。』という設定もここでも扱っていたとのこと。
これだけでも十分お腹一杯になったと思いますけど、ただ個人的に…
50話は基本的にキラプリ&まほプリによるコラボエピソードであり、同時にキラプリPR回というのが狙いなのではないかと。
で、50話。
はーちゃんことことはが神様になって、リコが魔法学校の教師になったということで、何年後の設定という部分に関してはいい具合にツッコミ要素満載といってもいいぐらいであるが、
まぁ、最もツッコんでもいいのが…
おい、デウスマストがいなくなったからといって再び悪行三昧か。
ヤモーとドクロクシー(クシィ)による闇の魔法一族再び復活したけど、これをみて…最初は、
にこ「あんた達、反省の色がないわね。」
この一言に尽きる。(笑)
さらに、改心して…
普通にいるという展開。
にこ「普通にいてもおかしいわよ!」
矢澤先輩、これもプリキュアシリーズの鉄則だから仕方がありません。
プリキュアシリーズによる敵の美学でもある『プリキュアには絶対的な『悪』は存在しない。敵にもその優しい心を持っている。』という鉄則的なルールはそのまま守り抜いているのは確か。
そういや、同じ魔法使いという設定で敵との和解という部分に関して、90年代中期にやっていた『赤ずきんチャチャ』のアニメ版最終話もこんな感じだった。
まぁ、この50話でかなり大きな話題となったのが、
はい、キュアホイップ…シリーズ開始前にフライング登場。
そういや過去、平成ライダーシリーズでもやっていたそうだが、プリキュアでの扱いではこれが初という形に。
この辺に関して、やや賛否両論もあるんじゃないですかね…自分も今回のエピソードに関して多少の疑問があったけど、
あの去年春に登場したオールスターズ新作のソルシエール、劇場版まほプリにゲスト参加していたクマタも普通に登場という部分に関してはプラス評価ということで。
●まほプリ 1年間を振り返る…
今シリーズはあまりレビュー上ではあまり書く気もなく、ただ録画してみているという形で観たのですが、物語の展開的を見るとハトプリ~ゴープリでは人間ドラマ的な物語による大友重視な要素という部分が結構強かった部分もあったため、この辺に関して、「プリキュアシリーズはあくまでも小さい子がメインターゲット。 小さい子が楽しめる作品にしなくてはならない。」という懸念を守り抜いた結果がこのまほプリではないかとおもいます。
ただ大友による反応はこの辺に関して、大きく意見的に賛否両論が分かれる可能性はあるのですが、この辺も大友でも楽しめる要素という部分に関しては子供達がついていけなくなるという弊害も大きく、ハトプリでは水樹奈々がプリキュアをやるというニュースで一躍人気の市民権を得られたのは確かであるが、この辺も重視した結果が小さい子の人気も多少下降線を下げてしまったのではないかと。
ハピプリは、現在でもシリーズ史上一番出来の悪かったシリーズでしたから、この辺も小さい女の子が人気の出てるコンテンツは一体何なのかという部分で、ゴープリにしたという部分で、これが少し結果が開花したのが今作まほプリだとおもいますし、次期作のキラプリも小さい子向けによる作品作りにシフトチェンジするという形もあるのではないかとおもいます。
個人的には、「キャラデザは宮本絵美子さんの良かったんだけども、内容が小さい子向けに寄り過ぎちゃってる。」という物語面での多少の不満はあったぐらいになると思いますし、今後も小さい子でも楽しめる作品作りを約束するという狙いといっても過言じゃないかとおもいます。
次期プリキュアであるキラプリ、最初の1話を観て判断するという形になるけど、肉弾戦を廃止するという部分がどうも不安要素になるかと。
まぁ、個人的に1話観てから判断したいとおもいますけど、今期を以てプリキュアシリーズのファンの引退も考えてますが、東映アニメーションギャラリーの再開した時はファン活動の最後のメモリアルになるとおもいます。