今回のプリキュアオールジャンル特集は、いよいよ今月下旬を以て建物の建て替えによる解体が決まった東映アニメーション・大泉スタジオとその東映アニメーションギャラリーについて語ろうかなと思います。
プリキュアシリーズやドラゴンボールシリーズ、北斗の拳、そしてマジンガーZやゲゲゲの鬼太郎と数多くのアニメ作品を世に送り出してきた東映アニメーションですが、このスタジオができたのは1957年(昭和32年)に誕生し、『白蛇伝』から始まり、その2年後には増設され、現在の東映アニメーションの形になったのは1964年(昭和39年)になり、プリキュアシリーズが始まる1年前の2003年から一部のスタジオをギャラリーとして一般開放し、『東映アニメーションギャラリー』という形で開放、一般の人のみならず、プリキュアシリーズファンにとって、毎回開催される企画展においては『聖地』といえる場所でした。
それから11年後、2014年…5月に東映アニメーション公式HPにて、大泉スタジオ建て替えのため、光が丘に仮移転する事になるという情報を見て、私…キュアビーすけもこの5年間…プリキュアシリーズの企画展があった時は、横浜から大泉学園まで足を運んできてましたが、今回はそのお話を語りたいと思います。
初めて東映アニメーションギャラリーに足を運んだのは、P5GGが終わってから半年経過した2009年の夏…西武鉄道さんのプリキュアシリーズのスタンプラリーをやっていた時に偶々、大泉学園に着いた時にプリキュアシリーズの看板に目に付いた時に「ギャラリーやってるんだ!?」という事で、一旦途中下車したのが最初のキッカケでしたね。
東映アニメーション本社に着いた時は、本当に心臓バクバクでして…「下手したら、門前払いされるのは目に見えてるな。」と思っていたのですが、『ギャラリー見学の方は守衛所で受け付けてください。』という看板を見て、緊張感から解き放たれまして、早速中に入った時はあまりの驚きで言葉を失いましたね。
普段ならアニメ雑誌程度で見る事ができない設定資料画や使用されたセル画と見て、「こんなアットホーム的なギャラリーは日本でもここだけだろうな。」と思ってましたね。
毎回の様に、ギャラリー来た時に今回の企画展の感想をノートに書いて行きましたね…同時にイラストも付けてですが、近年はイラストとノートと分けられたため、先に感想を書いてから、相変わらずのヘタレなプリキュア(特に川村プリキュアシリーズメイン)のイラストを描いて行くのが恒例になったかなと。
そして、一番の思い出はアニメプロジェクトin大泉2012…個人的に初のスマイル陣営の着ぐるみ撮影はここが最初でした。
お披露目では撮禁で、このサプライズには本当に驚き、「流石、練馬区はやる事が違うわ!」とかなり喜びましたね。
2009年からこの頃まで、ギャラリーの内部も撮影規制がかかっていなかった頃だったので本当に良かったんですが、スマイルの企画展から突然のプリキュアの等身大フィギュアと劇場版プリキュアシリーズの宣伝POP以外での撮影が禁止というかなり幅が狭くなってしまったのが残念極まりなかったかなと。
この建物もあと数ヵ月後に消えてしまうのは残念だけど…。
3年後に新しいスタジオの同時に、ギャラリーも一新するとの事ですが、本当に雨の日や風の日もプリキュアの企画展がある時は本当に通い続けた思い出と、プリキュアシリーズの資料がこんな近くに見れた喜びは本当に宝物で、以前は入館記念に劇場版プリキュアシリーズで使用されたフィルムしおりを貰い、特に自分が一番好きであった5シリーズの劇場版のフィルムは本当に宝物で、特に一番の宝物といえば…。
このDDの場面のしおりは自分にとって『家宝』と呼べる品でした。
自分のプリキュアが好きになった原点もDDがいたから…そこからのぞっちや5シリーズにハマり、川村プリキュア至上主義が生まれたのもこの時だったんだよなと…。
この道も本当に来る度に異様に高揚感がありましたね、以降来るようになってからは…。
しばらくの間、ちょっと淋しい気もするけど、アニメプロジェクトin大泉だけでもやはり足を運んで行きたいと思ってますが、来年は絶対積極的に行きたいなと思ってます。
実は、大泉学園南口は意外な所で聖地だったりするのです…それは、あの大泉洋クンやミスターこと鈴井貴之さん、『魔神』でお馴染みの藤村Dやカメラマンの嬉野さんで有名の『水曜どうでしょう』の東京ウォーカー編の最終目的地がここ大泉学園で、実は途中の所からバスを乗っていったという話も有名でしたけど、かなりどうでしょうファンではないとわかりにくいかなと…。
3年後、新しい東映アニメーションギャラリーに会える事に期待したいと思います!!